2008-9年ガザ攻撃の作戦名「Cast Lead」または「オフェレット・イェツカー」とは

イスラエルの軍事作戦には、他国の軍隊と同様に通称の作戦名がつけられることが多い。
有名なところでは1982年のレバノン侵攻時の「ガリラヤの平和作戦 Operation Peace for Galilee」
2002年のパレスチナ自治区侵攻の際の「守りの楯作戦 Operation Defense Shield」
2004年5月のガザ地区南部に対する大規模な家屋破壊を伴った「虹作戦 Operation Raibow」
などが挙げられる。
ご多分にもれず、今回もなにか印象的な名前が付けられるのだろう、と思っていたのだが
英字の報道で伝えられる「キャスト・リード Cast Lead」というのはいまいち意味が分からない。
直訳すると「鉛の鋳型」。いずれにしても日本語訳は非常に座りが悪く、意味不明だ。

疑問に思っていたところ、ヘブライ語とユダヤ文化に詳しい方々から解説を頂いたので
それをここではご紹介したい。
解説の一つは、1月11日の東京外大MEIS緊急集会で発言頂いた、日本女子大学の臼杵陽先生によるものだ。
(以下、当日配布のレジュメより引用)

ガザ空爆はユダヤ教の祝日ハヌカー祭の第6日目の12月27日に開始された。
イスラエル国防軍はこの作戦を「オフェレット・イェツカー作戦」と名づけた。
この名前はイスラエルの国民的詩人ビアリークが作詞したハヌカ―用の子供の歌からとられた。
この歌は1950年代には非常によく知られ、ノスタルジックな調べがあるという。
その空爆作戦の名称は「ハヌカー用鉛製コマ」作戦である。
ハヌカー祭時の子供たちの遊具のコマ(ヘブライ語で「セヴィヴォーン」)である。

同様の説明は、イースト・ロンドン大学のヨセファ・ロシツキーYosefa Loshitzky による記事
「イスラエルのブロンドの爆弾発言とガザに降り注ぐ本物の爆弾」の冒頭部分にも説明がある。 (訳は山田和子さん)
ちなみに彼女は、東京外大AA研の企画で1月末〜2月に招聘したハイム・ブレシース教授の配偶者である。

現在進行中のガザに対する残虐きわまりない犯罪的攻撃に対してイスラエルみずからが与えた作戦名、
「Cast Lead作戦」の意味を理解している人は、はたしてどのくらいいるだろうか。
これは、1950年代のイスラエルの子供たちの間でたいへん人気のあった(たぶん今でもそうだと思う)
ヘブライ語の童謡からとられたもので、歌の中で、ひとりの父親が息子に、
特別のハヌカー・プレゼント、「鉛(cast lead)のsevivon」をあげると約束する。
sevivon(ヘブライ語。イーディッシュでは「ドレイドル」という)は4つの面を持った独楽で、
ユダヤ教の年中行事、ハヌカー(8日間に及び、キリスト教のクリスマスの時期に祝われる)
の際に遊ぶ玩具である。イスラエル軍の誰かが、たぶん自分の子供時代にノスタルジーを感じながら、
イスラエルの子供たちが鉛で作ったsevivonで楽しく遊んできたとすれば、
パレスチナの子供たちもまたsevivonを好きにならない理由はまったくないと断じたのだ。

ヨセファ・ロシツキーの記事本文はこちら
"Israel's blonde bombshells and real bombs in Gaza"
Yosefa Loshitzky, The Electronic Intifada, 5 January 2009


つまり作戦名の「オフェレット・イェツカー」は、イスラエルの国民的詩人が作った歌の一節からとられた
ユダヤ教の祭りハヌカーのための玩具の描写、ということになる。

ハヌカ―については、同じく臼杵陽教授からの次のような解説が、集会の際になされた。

ハヌカ―は「ユダヤ教のクリスマス」あるいは「光の祭」とも言われるが、
紀元前164年にユダヤ人の英雄ユダ・マカビーがエルサレムの神殿をセレウコス朝から奪還して
ギリシア人の偶像を廃棄した記念として、八枝の燭台(ハヌキーヤ)に毎夜一つずつロウソクをともして祝う。

ハヌカ―用には特別の燭台も売っているが、特に使わずともよいらしい。 実際にろうそくが並べられる雰囲気については、2004年の冬にエルサレムの旧市街で写真を撮る機会があった。

ちなみに上に挙げられた説明に出てくる「マカビー」は、現在のイスラエルでは国民的英雄に
祭り上げられており、彼の名前をとった国産ビールや、サッカー・チームも存在する。
「オフェレット・イェツカー」のネタ元であるビアリークも、イスラエル研究者の間では
知らぬ者のない著名な詩人だそうだ。
こうしたイスラエル「国外」では知られず、他方で「国内」では代表的な人物、文化に由来した名前が
作戦に付けられていること自体、今回の軍事作戦の意図を暗に示しているといえるのではないだろうか。

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