同時多発テロ 掲示板記録4

3. 過去の戦争から何を学ぶか?【続き】

30 乱文になってしまいました。 宇治 一 2001/11/12 09:16 まず、みなさんの意見には感服いたしました。 しかしながら、どのような意見があろうと、どような正義があろうとテロ行為は許さないという姿勢が大事でしょう。 パレスチナ問題やチェチェン問題、ウイグル問題様々なテロがあり、様々な正義がありますが、 テロ行為は断固として容認しない。この姿勢は必要かと思います。 もちろん話し合いによる解決、問題の探求をしないという訳ではありませんが、テロ行為そのものにたいしては 断固として戦うべきです。そしてテロ集団は断固撲滅すべきです。 ドイツの件に関しては、戦後制定された憲法を実に大なり小なり100以上の改訂を行って来ています。 (もちろんこれは軍事面についてです。)ここは重要な点だと思いませんか? いつまでも50年以上も前の憲法を絶対不可侵のように守り続けている我が国とは?  本格的に集団的自衛権の発動により軍を展開したのは湾岸戦争だと思います。その後ユーゴやコソボにも展開 してますよね。すくなくてもしっかりした議論を経ています。(日本には議論すら否定し話を空転させる勢力が ないですか?)  さてここで問題なのは今の日本において前述もしましたが憲法を不可侵の物にしてしまっている事です。 憲法論議そのものをタブー化する政党もありますが、これは政治家の思考停止だと思います。リスクも含めて 9条を護持していくと論議の上決まるのならまだしも(私はこれは現実的判断とは思えませんが)憲法は絶対不可侵 という勢力にこそ問題があると思います。  少し話は変りますが上述でドイツの件を少し述べましたが、なぜ戦勝国の行為については疑問視しないのでしょう? 日本とドイツの共通項は敗戦国であることだけだと私は思っています。植民地支配の主要国は英仏でしょう? これは悪行ではないのですか? 自衛隊の件に関しては明らかに軍です。憲法に照らし合わせれば間違いなく違憲です。 ここからすでにおかしいのですが、まず自衛隊は軍である以上戦争行為に関わる任務を帯びるのは当然です。 これに対してそれを想定して募集をしていないとか、訓練をしていないから、などという論議は首をかしげます。 (このような事を国会で答弁している代議士もいましたが)  それから自衛隊隊員へのインタビューにも疑問です。 私は正反対の投書も見ましたよ。前述のような意見に対し、「現場とこうもかけ離れた考え方をする人間がいるのか? 今回の法案でやっと職務に応じた貢献ができると喜んでいる。自らの存在意義が認められた。」と書いてある投書を。 現在自衛隊は完全に志願制です。にもかかわらず軍に属しながら戦争に行くとは思ってなかった?などというのは そもそも職業の選択を誤っているのでは?とも思います。これは当該職員の方には失礼かとも思いますが、 許していただきたい。 またこれらの違いはメディアの思想の違いからだと思うのですが、左に朝日、右に産経までメディアの思想によって 内容が大きく異なっています。これらは双方を確認する必要があると思います。(基本的に私は朝日の報道姿勢には疑問です。)    話があっちこっちに行ってしまいましたが、憲法の論議はすべきでしょう。このアフガン問題の終結後、また うやむやになってしまいそうですが、絶対にすべきです。そのためには、護憲の立場の方もその席につくべきです。 一部それすら拒みながら、自衛隊などの諸問題を政府や政治家がうやむやにしていると発言している方もいますが これはあまりに無責任だと思います。こうなるような世論形成をみんなでしないといけませんね。 おまけ:  > 代議制民主主義って政治家を選んでしまったら、後は政治家の好き勝手に国会で > 決めてくださって結構です。って言う事なんでしょうか。 こういう考え方もあるんですね。正直驚きました。 自ら選んだ政治家の判断には国民は責任を負う。それでおかしな事をするならば、政治に対してNoを突きつける。 次の選挙でそのような政治家は当選させないとの意味で書きました。(別に日向さんの考えを否定するわけでなく、 正直に驚いただけです。気を悪くしないでください。) 私はこのように考えれば、投票率もあがると考えてましたし、そうなって欲しいともおもってます。どうですか? 31 同感 ゆりこ 2001/11/12 10:04 > 私は個人的には、「全ての戦争」を視野に入れていい議論だと思っています。  > というか、むしろそちらの方が大事なのでは? そう、そうですよね。 今回の事態をきっかけとして、「全ての戦争」を視野に入れて自分の意見が言えるようにならなければ、 これからもスッタモンダの政府の対応にスッタモンダの(その場限りの)反応しかできなくて、有効な行動を起こせ ないな、と思いました。そのためにも錦田さんのご紹介くださった本を探してみて色々勉強していこうと思います。 他の方ももし、お勧めの本がありましたらご紹介くださいませ。  > > 戦争には正義も加害者も無い。個人としての犠牲者がいるだけだ」  > はたしてそうでしょうか?戦争とは私闘とは違います。外交上の話し合いで結論が  > 得られない場合の外交手段の1方法でしょう。 外交手段の1方法でありながら、個人としての犠牲者を大量に生み出すのが戦争なのかな。 悲惨な殺人事件が起これば、その犯人を、被害者の家族だけでなく他の多くの人が憎み、制裁や復讐を求める声が 力を持つでしょう。今回のアフガン攻撃にしても、アメリカの政治の一手段でもあるけど、その外交手段を後押し したのは、あの悲惨なテロ事件を目の当たりにした一人一人の感情的な反応なんだと思う。今回の軍事攻撃は、 誰に、どのような影響を与えるのか、それはどのような力となって現れてくるのでしょうか。 国益のための外交手段のひとつとして冷静に戦争を捉えることと同時に、その手段によって個々人にどのような反応が 生まれるのか、その感情的な反応の集積はどのような力を持つのかを見ることも重要なんだな、と思いました。 32 宇治様へ ゆりこ 2001/11/12 10:34 私が書き込んでいる間に宇治さんの書き込まれていたのですね。 自衛隊の件について  > 現在自衛隊は完全に志願制です。  > にもかかわらず軍に属しながら戦争に行くとは思ってなかった?  > などというのはそもそも職業の選択を誤っているのでは? そう、そこだと思います。  私があのような意見を述べてしまったのは、実際に私の高校のときの同級生で阪神大震災のときの自衛隊の働きを 目の当たりにして感動して自衛隊に入った人がいて、「軍事訓練などもさせられて『どうしてこんな訓練をしなくては ならないんだろう、そんなつもりで入ったのではないのに』と思った事もありましたが、今のところ自分にあった 職種(って言うのかな?)につくことができているのでやりがいのある仕事をやっています」というようなことを 高校の同窓会紙に書いてたんです。その時には笑い話にしていたのですが、今回、その同級生を真っ先に思い出しました。  その人本人の個人的な問題というもあると思いますが、自衛隊に入って既に5年目の人間がその様な考えを 持ちうるということは、自衛隊全体の意識の甘さを表しているんじゃないかなぁ、と思っていて、自衛隊員の意見を 偏って受け取ってしまっていました。 反対意見も読んではいたのですが・・・ (以上、言い訳です。失礼致しました。) 33 憲法に関する議論 錦田愛子 2001/11/13 01:47 まずはHP管理者として一言お願いがあります。 今後、他の方の発言を引用するときは、誰の何番の投稿か、という点を明記して頂けますか? 議論の展開をその方が見やすくなると思いますので。例として、今回、自分で試みて見ましたのでご参照ください。 あと、できれば内容を要約したようなタイトルを付けて頂きたいと思います。  お手数ですが、どうぞよろしくお願いします。 さて、  憲法の話が出てきましたが、ただこれについては少し留保しておかなければならない点があると思います。 すなわち「硬性憲法」と「軟性憲法」の話で、つまりしょっちゅう改正していくことを前提に作られた憲法か (この場合かなり詳しいことまで憲法に含めることが可能)、そうでなくて改正をひかえて基本原則だけを述べる 憲法か、との違いがあります。 日本は確実に「硬性憲法」なんですが、ドイツについてはちょっと失念してしまいました。 ただ軍関係だけで戦後100回以上改定しているのであれば、十中八九「軟性」ではないでしょうか。  「硬性」と「軟性」では改正の手続きが大きく異なり、例えば日本では、ご存知のように憲法の改正には総議員の 2/3以上、国民投票で過半数の賛成、という厳しい要件が必要になります。(日本国憲法第96条) そのため違いの中には現実問題として、変えたくてもなかなか「変えられない」という事情の側面もあると思われます。 これらの基本的な想定,手続きの違いを無視して「変えないのは変だ!」と言うのはアンフェアでしょう。 ("宇治"さん30より)  > 本格的に集団的自衛権の発動により軍を展開したのは湾岸戦争だと思います。  > その後ユーゴやコソボにも展開してますよね。すくなくてもしっかりした議論を経ています。 ↓ これって本当にそうでしたっけ?(手続き的に) …と、これは、むしろ質問です。詳しい正確な知識がないので。 クウェート侵攻のときの「集団的自衛権」って、どこが発動したんでしょう? どういう経緯でアメリカが軍を派遣したの? ユーゴやコソボは「人道的介入」なのかと思ってましたが…(自信ない) ("宇治"さん30より)  > 少し話は変りますが上述でドイツの件を少し述べましたが、なぜ戦勝国の行為につ  > いては疑問視しないのでしょう?日本とドイツの共通項は敗戦国であることだけだ   > と私は思っています。植民地支配の主要国は英仏でしょう? ↓ 私がドイツを問題にしたのは、どちらも先の大戦での「侵略国」だからです。 (イタリアについては詳細を知りません。それにドイツはどうも国民性的に日本に近いイメージがあって… (この点、反論も多そうですが)) 植民地支配は少なくとも「戦争行為」ではないし、軍隊を主に使って為された「侵略」ではありません。 時代背景も大きく異なることから、日本の場合と単純比較はできないと考え、参考として挙げませんでした。 ("宇治"さん30より)  > 憲法の論議はすべきでしょう。このアフガン問題の終結後、またうやむやになって  > しまいそうですが、絶対にすべきです。そのためには、護憲の立場の方もその席につくべきです。 ↓  この点に関しては賛成です。というか、そうしなければならない、と個人的にはけっこう危機感をもっています。 というのは、戦後50年経って歴史認識の問題が政治取引の一部として取り扱われるようになり、反動的な歴史の 修正主義の動きが「これまでは言えなかったけど…」といった一般的な風潮に乗じて台頭してきているような 脅威感があり、護憲派も怠惰な現状維持やユートピアンな平和主義ではなく「主張」として、論戦の場に参加しなけれ ばならないと感じているからです。(これはあくまで護憲派の立場からの私の個人的意見ですが) 議論をせずに後で結論に対してあーだこーだ言ったり、土俵に載らずに牛歩したりするのは「高度に民主主義の 発達した」先進国の態度とは言い難いですものね。 ("ゆりこ"さん31より)  > 外交手段の1方法でありながら、個人としての犠牲者を大量に生み出すのが戦争  > なのかな。国益のための外交手段のひとつとして冷静に戦争を捉えることと同時に、  > その手段によって個々人にどのような反応が生まれるのか、その感情的な反応の  > 集積はどのような力を持つのかを見ることも重要なんだな、と思いました。 ↓ そうですね。「感情的な反応」であってもそれが「世論」として集積されれば政治レベルでも無視しがたい勢力と なりますもんね。それは「外交」にも影響するのだと思います。アメリカのベトナム戦争の終結や、 ソマリア後の紛争介入形態の変化などにもそれが伺われる気がします。 それがある意味、「市民」の声を政治に生かす手段の一つなのかもしれません。 (日本はどうなんでしょうね?実際に「生きた」実績があるのか…?) ("宇治"さん30より)  > おまけ:  > > 代議制民主主義って政治家を選んでしまったら、後は政治家の好き勝手に国会  > > で決めてくださって結構です。って言う事なんでしょうか。  > こういう考え方もあるんですね。正直驚きました。  > 自ら選んだ政治家の判断には国民は責任を負う。  > それでおかしな事をするならば、政治に対してNoを突きつける  > 次の選挙でそのような政治家は当選させないとの意味で書きました。 "日向"さん(27)ご指摘のこの意見は、わりあい一般的な議論だと思います。理想や制度の想定自体はたしかに "宇治"さん(30)のお話の通りなのですが、実際にはなかなかそうもいかないのが現状だと思います。 代議士選出の時点では想定できない問題が、選出の後にいくらでも発生し得る(実際にはむしろそちらへの対処が メインになる)というのが問題の根源なのでしょう。これはいかんともし難いところです。その際の判断に関して いちいち選挙をやり直すことはできませんし、自分の選んだ人が「こんな選択をするとは思わなかった!」と 憤りつつも、次の選挙まではまだ数年ある、という事態がほとんどでしょう。選挙のタイミングを国民が 具体的に決めることもできませんし。  この点に関しては、私は個人的に、政治家に対する「リコール」権の拡充を法的に定めるのが有効では!? などと考えているのですが。(^^) …まあ、国会議員がそんな法律を作るはずもありませんけど。
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